日々のこと
2007年6月19日(火)

先日、浜田窯の作品が届きました。
バランスのとれた形や、色の出方など、とても良い出来栄えでしたので、荷解きが、いつになく楽しい時間となりました。

当店にならべられる浜田窯のうつわも、他の窯元同様に、形や色、柄などを相談しながら作陶していただいているものが多いため、こちらの意図が、作り手の技術や経験、発想力により、想像を上回る作品に仕上がった時などは、とても嬉しいものです。

昭和6年に濱田庄司(1894年−1978年。昭和30年に重要無形文化財保持者に認定)が益子に窯を築いたことを祖とする浜田窯では現在、濱田庄司さんの理念を受け継ぐ、浜田晋作さん(次男)、浜田友緒さん(孫)、そしてそのお弟子さん達によって、日常使いのうつわが作られています(お二人は個人作家としての作陶もされています)。
地元の土を使い、蹴ろくろでの成形、伝統的な釉薬、松薪を焚き上げる登り窯による焼成。
浜田窯は、濱田庄司さんの代より続く伝統的な技や手法を有する窯でありながら、常に新しい益子焼を生み出している窯でもあります。

「真似されて駄目になった人もなく、真似してよくなった人もない」とは、晋作さんの言葉。(貴)




2007年6月11日(月)

数年前に友人から「花が咲くと幸せになるらしいよ。枯らさないようにね。」と頂いた、ワイルドストロベリーの苗。枯れるどころか、どんどん大きく育ち、毎日小さな白い花と、可愛い赤い実を沢山つけてくれます。

摘んだイチゴは、イチゴソースにしてヨーグルトやアイスクリームにかけたり、紅茶に入れて楽しんでいます。

我が家の愛犬も、散歩の後の甘い一粒を毎日楽しみにしているようです。(麻)





2007年6月4日(月)

去年、庭に地植えしたアジサイが二廻り程大きく育ち、花が薄紫色に色付き始めました。
忙しい毎日ですが、植物たちの表情が季節を教えてくれますね。

そろそろ梅雨入りでしょうか。(麻)





2007年6月1日(金)

元々は、その独特なフォルムに惹かれて、少しづつ増えていった「水差し(=ピッチャー)」。
水差しとして、花器として、小さいサイズであれば、ミルク注ぎとして、またドレッシングやソース等を注ぐうつわとして、多様な使い方が出来ます。

そんな水差し好きが高じて、気づいたら沢山の水差しコレクションが自宅に有りました。
特にリーチ型と呼ばれている、中央が少しくびれていて裾に向かって緩やかな丸みを帯びた形に、取手の付いている通称「リーチ型ピッチャー」。現在では、日本各地の窯元で見る事が出来ますし、そのルーツでもあるオランダ、ポルトガル、スペイン、イングランド等の欧州諸国でも当然、似たような形を見る事が出来ます。

そして、日本の「取手付水差し」の歴史は、小鹿田焼にあります。
古くより、日本で唯一取手の付いた水差し(当時は「手つき壷」とも呼ばれていた)を作っていたと言われている小鹿田焼では、昭和29年4月に浜田庄司、河井寛次郎と共に小鹿田の皿山を訪れる事となった、バナード・リーチによって、用に則した取手の付け方を教わる事となり、それが現在まで受け継がれる「リーチ型ピッチャー」となりました。

実際、資料等で見る戦前の「手つき壷」と「リーチ型」の取手を比較してみると、持ちやすさ、耐久性、意匠等の点で、より優れたものになっている事が解ります。
特に、取手の下部と本体の接合部分に、その特徴があり、多くの窯元への多大な影響が伺えます。そして、それは水差しに留まらず、マグカップやポット等、取手を有する作品全般にも受け継がれていることが、小鹿田焼だけでなく、出西窯、延興寺窯、北窯、浜田窯、湯町窯、他多数の窯元の作品からも容易く伺い知ることが出来ます。

「取手」という、うつわにとっては、ひとつのパーツでしかない部分ではあるかもしれませんが、そこには、国境や世代を超えた、度重なる交流の中で完成され、各地に周知された「取手」もあるのです。

そんな目で、うつわを選んだり、使っていたりすると、また新たに気づかされる事もあり、興味が尽きません。(貴)





2007年5月14日(月)

カラッと乾燥した五月晴れ。
こんな日は、お掃除がはかどります。

部屋の隅や、細い隙間、棚のほこり落としなどに、木下さんの棕櫚の小箒と、杉本さんの真鍮のチリトリを使っています。

小箒は形も美しく、細かいゴミもササッと手軽に取れ、油を含んだ棕櫚の樹脂が木に艶を与えます。
しかも、何故だかとても楽しくお掃除が出来るのです。(麻)




2007年5月1日(火)

今日で、モコディが開店してから1年が経ちました。

お客様をはじめ、モコディに関わって下さっている多くの方々への感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます。

お店を始めたからこそ出会えた人が沢山います。そしてこの1年、そんな多くの方々から、日々、嬉しい何かを頂いていたように感じます。
色々な事を教えて頂いたり、何かに共感し合えたり、協力して頂いたり、手紙を頂いたり...ほんの些細な多くの出来事が、未熟なお店をより良くして行こうという気持ちに繋がっています。
そんな嬉しい気持ちのお返しが出来るように、これからも努力して参ります。
どうぞ宜しくお願い致します。

本日も、雨の中ご来店いただきまして、ありがとうございました。また、お祝いの言葉やお花、プレゼントなども、ありがとうございました。(貴)




2007年4月25日(水)

モコディでは、日常使いの良いもの、そして永く使えるもの、また、今までの自分の生活の中で使ってみて良かったものなども扱っています。
なかでも特に民窯に関しては、お店を開くために、探したり、選んだりしたものではなく、子供の頃から自然と慣れ親しんだものであったり、親が普段の生活の中で使っていたものであったりもします。
面白いもので、物を通じてという事になると、約35年のお付き合いのある窯元さんや職人さんもいらっしゃるという事になります。

「民藝のうつわ」というと古いイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、日々、現代の暮らしに合う、新たなうつわが生み出され続けています。

永い年月を経て、違った立場で、そんな作品や作り手に接していられることが、とても嬉しいのです。(貴)




2007年4月17日(火)

今日は、朝から青空が綺麗でした。
隣家の八重桜が満開で、こっそり自宅のベランダからお花見をしています。
風に乗って、ベランダにも花びらが舞ってきます。

夕方、たわわに咲いた桜の枝で、すずめ達が楽しそうに遊んでいました。(麻)




2007年4月11日(水)

4月2日〜6日まで、兼ねてからの念願だった「読谷山焼北窯」を訪ねるため、沖縄へ行って来ました。

沖縄は初めてだったのですが、眩しい太陽、美しい海、元気に育つ植物、温かい人達、美味しい料理・・・・ とても素晴らしい所でした。

今回訪ねた「読谷山焼北窯」は、那覇から車で1時間程北上した読谷村にあり、宮城正享さん、與那原正守さん、松田共司さん、松田米司さんと、そのお弟子さん達により、沖縄の焼き物「やちむん」が作られています。
土作り、釉薬作り、ろくろでの形成、天日での乾燥、薪をくべて登り窯で焼く。すべて沖縄の自然から出来上がるのです。

工房の奥には、圧倒される程のとても大きな登り窯があり、お弟子さん達が次の窯焼に備えて、窯の掃除や補修をしていました。
15年前、この登り窯を作る時には、3歳の子供から80歳のおばあちゃんまで、みんなの手助けがあって出来上がったとの事。まさに「ゆいまーる」(沖縄の言葉で、みんなで助け合いましょうというような意味)です。

「あの子ら(お弟子さん)や、みんなの力があって、何とかここまでやって来られました。」
「私が元気の無い時は、他の人が元気に頑張ってくれます。他の誰かが元気の無い時は、私が頑張ります。みーんな元気が無い時は、あなた達に頑張ってもらいます。」
そんな風に冗談っぽくお話しされる米司さんですが、この言葉は、ある意味、北窯を象徴しているようにも感じますし、不思議とホッとさせられたり、勇気づけられる、あったかいお話でした。

みんなが「やちむん」に惹かれるのは、沖縄の大自然とそんなあったかな人達を感じられるからなのでしょう。(麻)




2007年4月1日(日)

日々ガラス製作所の作品には、「独特のさり気ない綺麗さ」が有ります。
それは、ややもすれば見落としてしまいそうな、さり気のない綺麗さ。インパクトのある形であったり、何か強い主張をしている訳では無く、気取りの無い素朴で綺麗なガラスのうつわたちは、どこか静かで落ち着いた佇まいを見せます。

それが、使うために作られている日々ガラス製作所の作品であり、最終的に使い手によって完成されるように、少しだけ、使い手のための余地が残されているようにも感じられます。

「手作り感」という作家としての逃げの方向ではなく、きちんとした完成度の高い作品作りへの方向性が顕著に現れている彼女は、どちらかと言うと「職人」という言葉が相応しいのかもしれません。

長い経験と共に、ゆっくりと確実に技術を向上させている彼女のガラス作家としての方向性は、実はそれ自体がとても珍しく、「さり気ない綺麗さ」が「独特」なのは、そんなところからきているのかもしれません。(貴)




2007年3月28日(水)

お店の中に、古いガラスのショーケースが有ります。
お客さんから「売り物ですか?」と時々訊かれる、ナラとガラスを使って丁寧に作られたショーケースです。

このショーケースは、東京生まれの祖母から譲り受けたもの。
祖母は、終戦間もない頃に店を開き、開店当初からそこで使われていたものです。その後、店は閉められましたが、祖母は自宅の居間で、食器棚として何十年と大切に使い続けていました。

私がお店を始めるにあたり、喜んで棚を譲ってくれた祖母。そんなショーケースが再び「お店」という空間で、日々、色々なお客さんに眺められているというのは、ショーケースにとっても嬉しいのではないかと思っています。(貴)





2007年3月21日(水)

例えば、大好きなコーヒーを飲もうと思ってカップを選ぶとき、私の場合、そのカップを作った人の「顔」や「手」それに「景色」や「気持ち」までもがカップと一緒になって鮮明に浮かんできます。

ですから、「今日はこのカップで」というよりも「今日は○○さんで」といった具合に選ぶ訳です。

モコディにある「うつわ」には、そんな楽しみ方も有ります。(貴)




2007年3月17日(土)

久し振りに、延興寺窯、山本教行さん、湯町窯、舩木伸児さん、出西窯などを訪ねました。何度もお会いしている方もいらっしゃれば、中には約2年振りにお会いする方も居り、急ぎ足では有りましたが、とても充実した内容でした。
皆さんとても素敵な方たちなので、行く先々での帰り際、いつもの事ですが、とても名残惜しい気持ちになります。

今回、特に考えさせられたのは、「職人と作家の違い」について。何故か不思議と行く先々で話題になりました。それは、つまりそれぞれの「ものづくり」に対する姿勢を語ろうとする時、切り離せない部分だからです。
知れば知る程に、魅力を感じると同時に、作品の見え方が、また少し変わってきます。

「物作りの現場に立ち会え。なによりも現場から学ばなければ民藝は解らない」とは濱田庄司さんの言葉。特に民藝に拘らずとも「ものづくり」全般に言える事のように感じます。(貴)


(写真)
蹴ろくろの前で作陶する、延興寺窯の山下清志さん。




2007年3月7日(水)

愛犬 麦茶との散歩中、近所の裏通りで「チューリッヒベーカリー」というレトロなパン屋さんを見つけました。リスがデザインされた看板もたまりません。
夜だったので、閉まっていましたが、シャッターには ”火曜日と金曜日 午後1時半〜午後5時” の張り紙が。
早速、次の火曜日の午後、ぶらぶらとパンを買いに出掛けました。

古い木戸をガラガラっと開けると、ガラスケースに少しづつ、色々なパンが丁寧に並べてあります。
店主のおじいさんが1つづつパンの説明をしてくださいました。おじいさんは40年間、ドイツパンを焼いているそうです。しっかりとしたパン生地、素朴で素直な味でした。

お隣のお米屋さんの「きびもち」、近くの八百屋さんの「石焼いも」、チューリッヒベーカリーの「パン」。 
mokodi近辺の私の好きな美味しい物です。(麻)




2007年3月6日(火)

先日、ある小さな小さな素敵なお店に伺い、薄手のリネンクロスと紅茶、古いスツールなどを購入した時、「切干大根」をおすそ分けしていただきました。早速、にんじんとお揚げ、ちくわと一緒に薄味に炊き、長年愛用している沖縄・読谷のうつわに盛りました。
大根の旨みがぎゅっと凝縮されて、なるほど「ひなたの味」。とっても美味しくいただきました。
ごちそうさまでした。(麻)




2007年3月3日(土)

「ホワイトデーの白いうつわ」展のために、沢山の「白いうつわ」をならべていると、あらためて「白」という色の不思議さに気づきます。

一言で「白」と言っても、赤みを帯びた白、黄みがかった白、青みがかった白もあります。表面の質感によっては光の当り方によって全く違った表情を覗かせるなど、なかなか素顔を見せてくれない「白いうつわ」もあります。

表情を変えることの出来る不思議な色「白いうつわ」だから、色々なうつわとの相性が良いのかもしれません。(貴)




2007年2月28日(水)

「びわこふきん」でお馴染みの「朝光テープ」のおばちゃんから届いた荷物と一緒に、90cm程にカットされた「がら紡」の糸が沢山入っていました。

がら紡の糸は撚りがあまく、太くなったり細くなったり、所々にふわふわの綿の状態を残しているので肌触りも良く、優しい風合いです。これを生かして、何かを作りたいなぁと思い、どんどん繋いで糸玉にしています。

私の祖母の家にも、着物の反物にする為に、絹糸を繋いだ沢山の糸玉があった事をふと思い出しました。(麻)




2007年2月3日(土)

先日、遠方よりご来店くださったお客様から、嬉しいお手紙が届きました。
mokodi を空間や音楽も含めて、とても楽しんでいただけたようで、旅行のチケットなどをコラージュしたハンドメイドの素敵なポストカードに、ぎっしりと気持ちが綴ってありました。
本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。
こちらこそ、ありがとうございました。(麻)




2007年1月31日(水)

我が家のベランダ越しに見える八重桜の木は、夕方になると大勢のすずめが集まってきます。
街でも時々そんな木を見かけますが、すずめ達はいったい何を話しているのでしょう。

もうすぐ立春。
深いピンク色をした八重桜の開花を楽しみにしているのは、私だけではないようです。(麻)




2007年1月28日(日)

「民藝」とは、「民衆的工芸」を縮めたものであり、無名の職人達が民衆の日常生活の為に作った実用品を指す語として、大正14年に柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎によって作られた言葉です。

例えば「うつわ」。民窯(みんよう)のモノだけが「民藝の器」という訳でも無く、広い意味で言えば、大量生産の工業製品もまた、民藝の器という解釈が出来ます。しかし、両者の決定的な違いは、モノを創造する過程にある気持ちの方向性であり、これこそが「ものづくり」における最も重要な部分であると思うのです。
前者は「使う人」のことを思い、時代に流されず「より使い易いモノ」を追求してモノを作るのに対し、後者は「売る」ことを考え、その時代に「より売れるモノ」を追求してモノを作ります。
どちらが良いという事でも無いのですが、国内外、また新旧問わず、両者の混在する我が家の食器棚から色々な器を使っていて思うのは、後者のモノに対する私の愛情は実は「愛着」であり、モノ自体に対する愛情では無いという事。

モコディでは「うつわ」以外でも、モノの寿命が尽きるまで、愛情を持って使い続けられる様な、そんな考え方を持った「作り手」のモノを扱っています。
そして、そんな考え方を持った「使い手」であるお客さんのためにお店を営んでいます。(貴)




2007年1月3日(水)

新年、明けましておめでとうございます。

皆様のご健康、ご多幸、そして世界の平和を願って。

本年もよろしくお願い申し上げます。(貴)










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2007年6月27日(水)

お店の大きな横長窓から見える小さな三角公園に咲くオレンジ色の花が、西日を浴びて更に濃いオレンジ色に輝いています。

この三角公園には、大きなケヤキの木が2本あり、小さな小さな公園ですが、緑ゆたかです。秋には沢山の落ち葉が舞ってきてお掃除が大変ですが。

近所の中高生が待ち合わせしていたり、おじいちゃん、おばあちゃんがベンチで休憩していたり、時にはおじさんがワンカップを片手に酔っ払っていたり・・・。ちょっとした憩いの場です。

今日は暑かったので、アイスでも食べながら夕涼みしようかな。(麻)





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